辺境系キャリアのレシピ 〜新卒即無職→海外就職→スペインMBA→?〜

33歳男性、2人の子持ち。2018年1月よりマドリード・IE Business Schoolへ私費留学予定。新卒即無職→バックパッカー→シンガポール就職→日本に戻り外資IT企業日本法人第一号営業→MBA@スペイン

GPA1.7からのトップスクールMBA合格体験記 / 受験振り返り

2017/5/19に、第一志望であったIE Business Schoolというスペイン・マドリードにあるビジネススクールに合格しました。2018年1月から通います。

 IEFinancial Timesの今年のランキングで世界8位なので、一応トップスクールの一角と言っていいのかなと思っています。

超低GPA、かつ正統派キャリアを外れたところからのMBAプログラム合格ということで、こういうケースもあるのかと思って読んでいただけたら幸いです。

 

基本情報

【ハンドルネーム】トミオ(Twitterhttps://twitter.com/tomyuo
【進学先】IE Business School(2018年1月インテイク)
【専攻】Dual Degree, International MBA & Master in Business Analytics and Big Data
【他の合格校】なし
【不合格校】ESADE Business School(2017年9月インテイク)
【キャンパスビジット先】INSEAD, HEC Paris, IESE, ESADE, IE


【年齢・性別】受験時33歳・男性
【直近の仕事】米ソフトウェアスタートアップの日本市場担当セールス
【私費/派遣】私費
【最終学歴】国際基督教大学教養学部卒業
【GPA】1.7(4点満点中)
TOEFL】99 (R 29 L 25 S 20 W 25)
【IELTS】7.0 (R 8.5 L 7.0 S 6.0 W 6.0)
【GMAT】710 (Q 49 V 38 IR 3 AWA 5.0)
【海外経験】シンガポール居住&就労4年(2009-2012)

 

来歴

日本生まれ日本育ち。学生時代に留学経験一切なし。
2007年、ICU国際基督教大学)を留年1回、GPA1.7で卒業。「世界をこの目で見ていないのに腰を据えた就職はできない」とすべての内定を辞退し無職に。
→アルバイト(光通●で電話営業)で資金を貯め、2008年中、アジア各国をバックパッキング。
→いったん日本帰国後、2009年に再びバックパックを背負いシンガポールへ職探しに。3ヶ月の就職活動の後、日系企業現地法人カスタマーサービスの仕事に就く。(この時点で25歳)
→2011年、米系ソフトウェア企業のアジア太平洋本社@シンガポールに転職。10国籍16人が所属する「インサイドセールスチーム」で日本市場担当の営業に。
→2012年、別の米系ソフトウェア企業の日本法人立ち上げの第一号営業で声がかかる。それを機に2013年1月に日本に転居。そのまま4年半働き現在に至る。日本法人の社員数は3人から70人に拡大。僕自身は3度の昇進を経てややシニアなセールスポジションへ。
2012年に結婚。2017年5月末現在、3歳男児と0歳女児の父。

 

なぜMBA?

4年間をシンガポールで過ごした後、スタートアップの日本市場開拓のため日本に戻ってきたわけですが、社員が増えるにつれ海外出張が減り、英語で仕事をする機会も減り「日本の会社で働いている」という感覚を覚えることが増えていきました。
営業の仕事は好きでしたが「このままでは、昇進し続けたとしてもキャリアが日本で閉じてしまう。しかも営業以外のキャリアパスがない」という強烈な危機感を感じるようになり、それがビジネススクール受験に繋がりました。GPA1.7というシビれるビハインドがありましたが、最終的に一番行きたかった学校に合格でき非常にハッピーです。

なぜこのタイミングでMBA

30代、2人の子持ち、住宅ローンあり、ということで、一般的に見てビジネススクールでキャリアチェンジするには遅すぎる年齢だと思います。また家族を養わないといけないため生活にかかるコストが跳ね上がります。それでも進学したい、と思ったのには

 

1. Hans Rosling 〜アフリカへの憧れ〜

 2014年に、自社主催のカンファレンスにお客様をアテンドしてシアトルへ行きました。カンファレンスの目玉の一つが、ハンス・ロスリング氏によるキーノートでした。(氏の有名なTEDはこちら

キーノートの中で彼が、人口動態を散布図上にビジュアライズしてアニメーションとして動かして見せてくれました。日本の人口が減り続けるのは当然として、中国もインドも、21世紀の半ばには人口が伸びどまり、アフリカだけがひたすら人口を伸ばし続ける、という画面を目にし「アフリカすげえ!」と思ったことが強く印象に残りました。

2. Lynda Gratton 〜ライフ・シフト〜

2016年、リンダ・グラットン氏の『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』という本を読みました。「100年時代の人生戦略」と銘打つ同著に書いてあったのは「人類の平均寿命は一貫して伸び続けている。現在健康に生きている若者は、平気で90歳100歳まで生きるようになる。65歳で定年退職などというのはあり得なくなり、70代80代まで働き続けるのが当たり前になる。」ということでした。

僕も、健康でいる限りはあと40年から50年働かないといけない。もしそうであるならば、


合格までの流れ

勉強を始めてからちょうど1年間での合格となりました。

2016年3月 : ビジネススクール受験の検討を開始
       アフリカへの憧れからケープタウン大学ビジネススクールを第一志望に
2016年5月 : TOEFL初回受験 (99点)
2016年6月 : GMAT向け勉強開始
2016年7月 : GMAT初回受験(530点)
2016年9月 : どうせならトップスクールを目指そうと考えを改める。本格的に勉強開始。
2016年12月 : GMAT2回目受験(580点)
2017年1月 : エッセイカウンセラーと契約
2017年2月 : キャンパスビジット(INSEAD, HEC Paris, IESE, ESADE, IE
       このタイミングでIEが第一志望になる。
2017年2月 : GMAT3回目受験(710点)
2017年2月 : IELTS初回受験(7.0)
2017年4月 : ESADE出願(2017年9月インテイク)
2017年4月 : ESADEインタビュー(都内/対面)。一週間後、でWaitlist入りのメール。
2017年5月 : IE出願(2018年1月インテイク)
2017年5月 : IEインタビュー(Skype)。一週間後、メールで合格通知。
2017年6月 : ESADEから最終不合格通


受験にかかった費用

合計:約180万円
TOEFL/IELTS 30万円(受験費用15万円、各種教材5万円、塾10万円)
・GMAT 33万円(受験費用10万円、各種教材8万円、塾15万円)
・エッセイ&面接対策 85万円(カウンセラー1人目55万円、2人目10万円、3人目20万円)
・スクールビジット30万円(交通費・宿泊費等)

 

学習方法・予備校

TOEFL :前半は独学、最後の1ヶ月だけスピーキングにE4TG(塾)利用
GMAT :前半は市販テキストやEラーニング等使い独学、最後の1ヶ月だけY.E.S.(塾)利用
エッセイ・面接: カウンセラーの支援を受けました。詳細は後述しますが合計3人。

 

TOEFL/IELTS対策

TOEFLを4回、IELTSを1回受け、最終的にIELTSのスコアを提出しました。
2016年6月にTOEFLを初回受験し99点が出たため「TOEFLは問題なさそうだからGMATへ行こう」と甘く見たのが間違いでした。GMAT 710点取得後に3回受けたものの97点、99点、92点と足切り点の100点に届かず。
受験の先輩の勧めでIELTSを受けてみたところ初回で足切りライン上の7.0が出たため、そのスコアでIE/ESADEともに出願しました。

TOEFL Reading

TOEFLに特化して勉強したのは、旺文社の『英単語3800』を時間を作って眺めたことくらいです。あとはThe Economistを購読していたため、気になる記事をDMM英会話の講師と一緒に音読したりしました。

TOEFL Listening

特に何もしませんでした。

TOEFL Speaking

いくつかのテキストを使用しながら勉強してみたものの、独学では20点から上に伸びず。2016年3月の1ヶ月をE4TGに通いました。結局はその後TOEFLを受けなかったのでどれだけ伸びたかわからないのですが「自分の声を録音して聞き直す」という学習方法はその後の面接対策に大きな影響があったと思います。(あまりに酷かったので必死で発音矯正した)

TOEFL Writing

Amazonで本を2-3冊買って流し読みしました。それ以外は特に対策しませんでしたが、25-28くらいのスコアが毎回出ていたのでそれほど気にしていませんでした。

・ IELTS
模試付きの本を2冊買いましたが、結局一度も解かず。受験当日、会場に向かう電車の中で参考書を流し読みしたのみです。

 

GMAT対策

2016年の7月に受けて530点(Q41 V25)、その後1ヶ月くらい何もしない期間があった後、8月〜2017年2月の半年くらいで710点(Q49 V38)まで持っていったのは我ながらよくやったと思います。

Quantitative

公式ガイドブックとインターナショナルマスアカデミーのテキスト(通称マスアカ)は一通りやりましたが、全部解けるようになったとは言い難い状態でした。
当日集中力を発揮して49点取りましたが、これはかなりラッキーだったと思います。

  1. マスアカを使い勉強を始めてみるが、あまりに知識が抜けており愕然とする。OG(Official Guide)は紙版もアプリも使い勝手がいまいちで回答もわかりにくく、使う気が出ない。
  2. Magooshというオンライン学習教材(1万円くらい)に申し込み、最初級からコツコツ解いて感覚を取り戻す
  3. GMAT Prepの追加問題を購入し解く。間違った問題は解き方を復習しておく。

マスアカ
Magoosh
Official Guide
GMAT Prep

Verbal

2016年12月のGMATで散々な点を取ったことから、御徒町にある吉井先生の私塾、Y.E.S.に通うことを決意。2017年1月からY.E.S.に通ったことで、SCの見切りが速くなったのが良かったと思います。Verbalパートは「時間が足りないので後半何問かランダムクリックする」という戦略を選ぶ人が多いようですが、僕はきっちり時間内にすべて解き終え、日本人としてはかなり高いスコアである38点を取ることができました。
なおOfficial Guideに関してはほぼ使用しませんでした。

Magoosh
GMAT Prep
Manhattan Prepテキスト
Y.E.S.

IR

何も対策しませんでした。時間内で解き切るのが僕にはハードで、本番の点数も8点満点中3点でした。

AWA

ネットで有名なChineseburned氏のテンプレートをざっくり頭に入れ、それをベースに書きました。(暗記はしませんでした、というかできませんでした)
それで6点満点のうち5.0が出たので、とりあえずOKだったかなと思っています。

 

エッセイ・面接対策

3人のカウンセラーに助けてもらいました。後から考えると1人目の費用は節約できたように感じますが、テストのスコアが揃わない状態で「それでも必ずやる」と自分をコミットさせる意味で良かったと思います。

第1フェーズ:個人カウンセラーA氏

2015年1月からカウンセラーに関する調査を開始した際、問い合わせメールに一瞬で返信をくれたのが氏でした。翌日に面談。
受験校選定などまだまだこれからという段階でしたが、自分の中でコミットの既成事実を作りたく、1月中に4校出願パッケージ55万円を契約。
2月半ばにGMATで710点が出たため本格的にエッセイ作成に着手。ESADE向けのエッセイはほとんど彼と作りました。ただ、結局1校分しか彼とは作成せず。

→後日「IEに対して奨学金の交渉をしたい」とドラフト校正をお願いしたところ快く手伝ってくれました。感謝。

第2フェーズ:個人カウンセラーB氏

A氏とエッセイ作成を進めていったものの、A氏のアプローチは「こちらが用意していったものを縮めて制限字数内に収める」というものだったためコンテンツにパワーがない気がしました。
そのため、先輩たちやネットでの評判も高い(そしてカウンセリングフィーも高い)B氏を訪問し途中まで作ったIE向けエッセイを見せながら相談。
私のエッセイを一目見るや「このエッセイにはストラクチャーがない。例えばこのフレームワークが参考になると思うから、これを参考に書き直せ」とアドバイスをくれました。
彼のアドバイスを参考に、ネタ出し→自分で書く→持ち込むというプロセスを行ったことでエッセイのコンテンツが格段に説得力のあるものになりました。
4回、飯田橋の彼のオフィスへ通い10万円弱。

第3フェーズ:個人カウンセラーC氏

エッセイが完成すると、(面接に呼ばれるかどうかもわかりませんが)面接対策を始めないといけません。本命のIE向けだけは徹底して対策したかったため、友人から勧められたC氏にコンタクト。
「CVとエッセイと面接は一貫性が大事だ」というのが彼の信条で、それに従ってレジュメ・エッセイ・面接を通じて自分のストーリーを形作り、伝えるのを手伝ってくれました。詳しくは別項目で書きますが、IEへの合格は彼の助けによるところが特に大きかったと感じています。

 

推薦状

以下2名に書いてもらいました。日本の上司には経過を報告するのみで、特に何も依頼しませんでした。

  1. 昨年末までレポーティングしていたアメリカ人セールスディレクター

    日本のカントリーマネジャーとは別にレポートしていた上司がいたので、彼に書いてもらいました。人間的に本当に尊敬できる人で、僕が受験を決めたときからずっと温かく支援してくれ、合格も自分のことのように喜んでくれました。

  2. APAC担当Senior Vice President

    300人以上を統括するアジア太平洋(APAC)地域のトップに書いてもらえました。僕は彼に面接され、APAC全体で社員が20人程度のときに入社したため、最適の人選だったと思います。彼も受験を打ち明けたときすぐに応援を表明してくれとても嬉しかったです。

 インタビュー(面接)対策

IEは書類を提出したほぼ全員が面接に進むと聞いていたためそこで差別化しなければならないと、面接前3週間程度、念入りに練習しました。
・数日に1回、カウンセラーと模擬面接。
・Basic Questionsの回答を、Ankiというアプリを使ってコツコツ作成。
・DMM英会話の追加チケット(1枚500円)を買いまくってカラオケに篭り、1時間ごとに1回25分のレッスンを立て続けに入れる。
・レッスンの合間に、コツコツ手直しして想定質問の答えを作る

IEの面接はインタビュアーによって全く異なる内容になるので予想がしにくかったのですが、僕の場合は非常に相性の良い相手だったと思います。経歴や強み弱みといった一般的な質問がほとんどなく、事前に準備できないような質問ばかり聞かれたため、むしろ柔軟性やクリエイティビティをアピールできたと思います。面接については、別途詳しく書きます。

 

志望校選定

以下の理由からIEを第一志望としました。

 

ランキング

とりあえずグローバルランキングのトップ20以内の学校に絞りました。
1.子持ちで、名の知れていない学校へ行くのはリスクが高すぎる。
2.トップ校は必要スコアが高い≒学生が賢い。入学後ガッカリするリスクを抑えられる。
3.家族・友人・その他に「なぜその学校へ行くことが良い投資か」を説明しやすい。

 

場所

これまでの人生をアジアで過ごし、直近6年間をアメリカ企業に勤務した身として「アジアとアメリカはもう十分かな」という気持ちがありました。ヨーロッパ自体、住んだこともなければ旅行したこともほとんどなかったため魅力的でしたし、スペインは非英語圏であること、物価が安いこと、ヨーロッパやアフリカへのアクセスが良いことなどから、最初から有力候補でした。

 

Diversity + アジア人比率の低さ

IEは全学生の92%がスペイン以外の国籍を持ち、700人程度のMBA生の中に70以上の国籍が入り混じるという特徴があります。最初はそのことが持つ意味に関し半信半疑でしたが、2月にビジットした際在学生の方々が興奮気味に「IEのDiversityは本物だ。そして皆がそれを求めて来ている」と話してくださるのを聞き「ここなら安心して留学できる」と感じました。
また、留学生内の比率。たとえばフランスのHEC Parisでは学生の42%がアジア人ですが、IEの場合は15%ですし、日本人も毎年10人強のため全学生に対する比率としては少ないです。そこが気に入りました。

 

校風との相性

僕のロールモデルでもある5歳上の友人(IEアルムナイ)と久しぶりにお茶した際「慶君はIE合うと思うよ。あの学校、変な人好きだし」と言われたのが始まりでした。
2016年2月にマドリードのキャンパスへ訪問してみたところ、学内の「雰囲気」が他の学校とまるで違うことに驚きました。まるで格式張っておらず、都会的。ビジット時にキャンパスを案内してくれたDual Degree Program専攻中のインド人学生の方と話したところ”This school is forward-looking.”と言われ腹落ち。その後在学生の皆さんの飲み会の場にも参加したのですが、一人一人から感じる「熱」の量が圧倒的だと感じました。ほぼ直感で「ここに来たい」と思ったことが最後まで一番強いモチベーションでした。

 

Dual Degree Program

僕の場合はデータ分析やデータの組織的活用を促進するためのソフトウェア企業で直近4年間働いてきたので、その方向でさらにエッジを出せると良いと考えていました。
たまたま、IEにはMBAと”Master in Business Analytics & Big Data”を同時に取得できる1年半のコースがあることを発見し、また学校としてもDual Degreeを推進していたので「これに応募すると、知識とスキルを深められると同時に説得力のある応募ストーリーが作りやすいな」と思いそれを選択しました。期間が半年伸びる上に学費が20,000ユーロ上がるので辛いですが、楽しみです。

 

受験を振り返って

総括

僕の場合は英語にそれほど問題がなかったこともあり、約1年という短期戦で受験を終えることができました。年齢的にもギリギリだったので、非常にほっとしています。

元々2歳の息子が1人おり、2016年10月には長女が誕生するという中、仕事もしながらの受験生活はなかなかにハードでしたが「こんなに苦しい思いをして、しかも大金を払ってビジネススクールに進学する人間というのは頭のおかしい人ばかりに違いない。僕は頭のおかしい人とたくさん知り合いたい」と逆にモチベーションが上がりました。
将来のキャリアについても、一応もとの会社に戻る選択肢は残しつつ、できればMBAを起点に想定外なキャリアを作っていきたいと思っています。

 

どうして僕が合格できたかと思うか

何人かから「どうして壊滅的なGPAにもかかわらず合格することができたと思うのか」という質問を頂いたので、改めて考えてみました。

それほど特別なことをしたわけではなく、以下の3点かなと思います。

1.コミットメント 

必ずなんとかする、自分ならできると思い続けることがやはりキーだったと思います。

モチベーションを保ち続けること自体はそれほど難しくありませんでした。それでも体力的にかなりきつい期間が数ヶ月続いたので、気持ちに助けられた部分が大きかったと思います。

 

2. GPA以外の弱点を一個ずつ丁寧に潰した

ビジネススクールの受験は総合評価なので、何か強力な弱点があっても、他の項目に穴がなく、代わりに強みがあれば戦えるのではないかと考えました。

そのため、以下のようなことを地道にコツコツ行っていきました。

・英語のRequirementをまずクリアする(TOEFL 100点もしくはIELTS 7.0)

・GMATで全学生の合格平均点を超える(約690点に対し710点で提出)

・履歴書(CV)を丁寧に作り込む。実績と内容の一貫性を示す

・エッセイを説得力があり、プロフェッショナルに見えるものにして出す

・推薦状の人選をしっかりと行い、現在の会社における¥実績と信頼をアピールする

・インタビューの対策をしっかりと行い、面接官に「これなら安心だ」と思わせる

 

2. 学校とのカルチャーフィットと熱意

IEは「学生の多様性を重視し、Unconventional Thinkerを求めている」とパンフレットに書いてあったので「もしかして僕みたいなちょっと変わった経歴だと好んでくれるのではないか」と最初に思いました。実際にキャンパスを訪問してみて学校が大好きになったので、受け入れてもらえることを信じて頑張りました。

面接でも、実利的なベネフィットと自分が学校訪問で感じたこと、どうしてもこの学校に来たいという熱意を伝えることができたので「やり切った感」がありました。 

 

その他

僕の勝手な思いつきから始まった受験をサポートしてくれた妻、それから同居している妻の両親には感謝ばかりです。

 

最後に

もし何か疑問点、お役に立てることがありましたら、気軽に連絡いただけたらと思います。(keidgi@gmail.comもしくはトミオ (@tomyuo) | Twitter

僕自身多くの先輩方から助けてもらったので、少しでも後進の役に立てたら幸いです。

以上、最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。頭のおかしい人の世界へ来てくださる方、大歓迎です。頭のおかしい人同士仲良くしましょう。